向日葵の咲かない夏 (新潮文庫)

向日葵の咲かない夏 (新潮文庫)

不思議な怖さの小説だった。最初からある「?」の部分を気にせず読み進めていると、それが気にしなければいけない点だったと気づく。
どんどん覆されていく真実。


語り手は信用してはならん!






ばんごはんは、昨日の残りのトマト煮。






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また原発の話(ほんとすみませんねぇ)。
これでこの日記も読者減っただろうなと思います。
自分のせいなんですけどね。
もういいや、という方は読まないでくださいね。





福島県の人で、パソコンあるひとで、気にしているひとはこれを毎日見ているかと思います。


http://www.pref.fukushima.jp/j/sokuteichi713.pdf

http://www.pref.fukushima.jp/j/zenken37.pdf


これで、自分の町、いちばん近くの場所の値を毎日心配しているわけです。


そして、県内の保育園や幼稚園、学校でのモニタリングです。



http://www.pref.fukushima.jp/j/schoolmonita0407.pdf


http://www.city.koriyama.fukushima.jp/pcp_portal/PortalServlet?DISPLAY_ID=DIRECT&NEXT_DISPLAY_ID=U000004&CONTENTS_ID=23046



ピンとこないかもしれないので簡単にお話します。
たとえば、町の放射線値が2マイクロシーベルト/時だとして「下がってきたなー」と思ってても(これでも全然低くない)、実際のところ各学校で非常にばらつきがあることがわかります。多いところだと4、5マイクロシーベルト/時になっています。地上一センチだとさらにあがります。ぱっと見た感じ、都市部だと高いような気がする。ついでに教室や体育館も測ってくれればいいのに。通学路のアスファルトはどうなんでしょうか。一度道を水で洗い流したらどうなのか、とか(効果あるかわかりませんけど)。



この値が安全か?という話はさておき(さておいている場合ではないのだが)、こういう目に見えない数値を気にしなければならない日常って、絶対におかしい。非日常です。